2017年05月22日
ダイエット!!!!!!!
タイトル通りダイエットを開始しました。(2017.5.22)
というより、すでに始めて二週間経過しましたよ。
他人の体重なんて興味ないとは思いますが、自分のモチベーションを上げるために、あえて恥を晒してみることにしました。
0. 現在の経過
このタイトルで記事を増やしたくないので、随時経過を加筆します。
(2017.3月頃) 99.8キロ ダイエットスタート
(2017.5.7頃) 98.0キロ・・・・・22日の集中トレで94.4キロ。ワンダーコア・バネ3本。
(2017.5.23) バイク1.5時間 腹筋100回(バネ2本) 乾燥重量 95.4キロ・・・・・あれ・・・・余りのショックに昼食を抜く・・・
(2017.5.24) バイク1.5時間 腹筋80回 乾燥重量 95.2キロ 地道・・・
(2017.5.25) バイク1.5時間 腹筋60回 乾燥重量 95.4キロ 日本酒だな、こりゃ・・・ 肉体も抵抗期に入ったようです。
(2017.5.30) バイク3時間 腹筋60回 乾燥重量 95.0キロ 長崎出張中、日本酒三昧、太って帰宅。集中トレで解消。明日には1キロは戻るんだろうなぁ・・・
(2017.5.31) バイク1時間 腹筋90回 乾燥重量 94.6キロ ちょいモチベアップ。抵抗期が過ぎたかも・・・・
(2017.6.1) バイク1.5時間 腹筋120回 乾燥重量 95.4キロ 過ぎてませんでした・・・・イモ焼酎、カステラ、角煮饅頭・・・・
(2017.6.2) バイク1.5時間 腹筋80回 乾燥重量 95.0キロ
(2017.6.3) バイク2.0時間 腹筋120回 乾燥重量 94.8キロ
(2017.6.4) バイク1.5時間 腹筋120回 乾燥重量 94.6キロ
(2017.6.5) バイク1.5時間 腹筋100回(バネ1) 乾燥重量 95.0キロ
(2017.6.6) バイク2.0時間 腹筋90回 乾燥重量 94.4キロ バネを減らした分きつくなった・・・
(2017.6.7) バイク1.0時間 腹筋90回 乾燥重量 93.4キロ やっと93キロ台。疲労のピーク・・・
(2017.6.9) バイク1.0時間 腹筋0回 乾燥重量 94.6キロ 昨日は休養日&ダイエット最大の敵、飲み会・・・
(2017.6.10) バイク2.0時間 腹筋0回 乾燥重量 94.0キロ 明日は人間ドック前の休養日
(2017.6.12) 夜バイク1.5時間 腹筋0回 乾燥重量 94.6キロ ドック終了後にトレ実施。病院では96キロだった・・・今日から酒断ち・・・
(2017.6.13) 物貰いで眼科へ、トレなし。朝の体重93.8キロ・・・酒断ち凄し!
(2017.6.13) 夜バイク1.0時間 腹筋30回 ナイトウォーキング1.5時間(8.2㎞) 翌朝14日のナチュラル体重 93.6キロ・・・禁酒効果あり。
(2017.6.15) 朝夜バイク1.0時間 ナイトウォーキング1時間15分(8.2㎞) 乾燥重量 92.4キロ・・・モチベアップ!
(2017.6.16) 朝バイク40分 乾燥重量 91.8㎏ 本日は泊りで飲み会・・・・禁酒生活4日で途切れ・・・土日出張
(2017.6.27) 出張明け95.6㎏、土日月火とバイク・ウォーキングで92.6㎏ 10日前に戻すのにあと1キロ弱・・・・
1. 体重遍歴
思い起こせば高校一年生(172cm)の時、柔道71キロ以下級でした。膝を壊してハンドボールのキーパーに転向し、受験勉強などで体重が増加。75キロ(176cm)へ。
大学一年生、初めての自炊生活。特に体重を量ったことはありませんでしたが、その夏に帰省したとき母からの一言。
「なんなのその顔、ちゃんと食べてんの!」
測ったら65キロ。5ヶ月で10キロマイナス。
就職したころは78キロ(180cm)。
27歳で結婚。
30歳で83キロ。
34歳で99.8キロ・・・・・
これじゃやばい!と一念発起して3ヶ月で83キロ、約17キロのダイエットに成功。でも、これが限界。フラフラしてしまって、結局85キロくらいで丁度良い感じでキープ・・・・・
この時のダイエットは、ハードトレーニング中心。ラン、バイク、筋トレ、水泳。食事は朝はがっちり、昼少々、夜は米抜き野菜中心。酒は減らさず。
ところが、85キロをキープしていたのは震災後一年くらいですかね。いつの間にか90~93を行ったり来たり・・・・・
親父が亡くなる直前は97キロ、49日を済ませた頃には99.8キロへ・・・
ズボンは穿けなくなるし、立って靴下穿きづらくなるし・・・
ということで、ダイエットを開始しました。
2. 懲りずにダイエット
今回は過去の反省を踏まえて極端なことはしないようにします。
朝はがっつり、昼は販売弁当をやめて「おにぎり・豆腐一丁・ヨーグルト/たまにラーメン」、夜は米抜き以外普通に食べる、酒は減らさない。
四国・近畿ツーリング前に開始して98キロ。ツーリング中に2キロ落とそうとしましたが無理。滋賀ではしゃぶしゃぶ食べ放題で、結局帰宅したときの体重は98.5キロ。
写真を見てもむくんだ顔と腹の醜さが隠せません。
連休明けから本格的に開始。
メニューは
① 固定したロードバイクをこぐ

② 腹筋を鍛える

③ 外食ラーメンを控える
ウエーン・・・・・
④ 酒は絶対控えない!
イエーイ!
以上です。
平日のトレーニングは朝。バイク30分×2セット、腹筋100回。
休日は、バイク30分×4~6セット、腹筋100回。
トレーナーにウインドブレーカーを着用し、水はカブのみしております。
体重を量る基準は「乾燥重量」としています。これは、トレーニング終了時、真っ裸の状態で測る。単にモチベーションアップのためです。
因みに、今朝の「乾燥重量」は94.4キロ。
当面の目標は90キロを切ること。約10キロですな。10年前の経験では、10キロ痩せたところで体が元に戻ろうと抵抗するので体重が落ちなくなりました。ここで諦めなければ何とかなるでしょう。
因みに、秘密兵器。

ロデオマシーン・・・・・社長に使うだろ!とだいぶ前に押し付けられた頂いたもの。
これが効いてるのか効いてないのかよくわからん。トレは朝なので、こいつは夜使っています。でも、ちょいと腰が痛くなるので今一つかな。
欲しい人がいたらあげます。取りに来れる人のみ。電源コードはネズミにかじられたみたいで、私が絶縁しました。
ということで、単に痩せるぞーというお話でした。
以上。
ポチっとして頂けたら張り合いが出ます。すぐにバックしていただいてかまいません。

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というより、すでに始めて二週間経過しましたよ。
他人の体重なんて興味ないとは思いますが、自分のモチベーションを上げるために、あえて恥を晒してみることにしました。
0. 現在の経過
このタイトルで記事を増やしたくないので、随時経過を加筆します。
(2017.3月頃) 99.8キロ ダイエットスタート
(2017.5.7頃) 98.0キロ・・・・・22日の集中トレで94.4キロ。ワンダーコア・バネ3本。
(2017.5.23) バイク1.5時間 腹筋100回(バネ2本) 乾燥重量 95.4キロ・・・・・あれ・・・・余りのショックに昼食を抜く・・・
(2017.5.24) バイク1.5時間 腹筋80回 乾燥重量 95.2キロ 地道・・・
(2017.5.25) バイク1.5時間 腹筋60回 乾燥重量 95.4キロ 日本酒だな、こりゃ・・・ 肉体も抵抗期に入ったようです。
(2017.5.30) バイク3時間 腹筋60回 乾燥重量 95.0キロ 長崎出張中、日本酒三昧、太って帰宅。集中トレで解消。明日には1キロは戻るんだろうなぁ・・・
(2017.5.31) バイク1時間 腹筋90回 乾燥重量 94.6キロ ちょいモチベアップ。抵抗期が過ぎたかも・・・・
(2017.6.1) バイク1.5時間 腹筋120回 乾燥重量 95.4キロ 過ぎてませんでした・・・・イモ焼酎、カステラ、角煮饅頭・・・・
(2017.6.2) バイク1.5時間 腹筋80回 乾燥重量 95.0キロ
(2017.6.3) バイク2.0時間 腹筋120回 乾燥重量 94.8キロ
(2017.6.4) バイク1.5時間 腹筋120回 乾燥重量 94.6キロ
(2017.6.5) バイク1.5時間 腹筋100回(バネ1) 乾燥重量 95.0キロ
(2017.6.6) バイク2.0時間 腹筋90回 乾燥重量 94.4キロ バネを減らした分きつくなった・・・
(2017.6.7) バイク1.0時間 腹筋90回 乾燥重量 93.4キロ やっと93キロ台。疲労のピーク・・・
(2017.6.9) バイク1.0時間 腹筋0回 乾燥重量 94.6キロ 昨日は休養日&ダイエット最大の敵、飲み会・・・
(2017.6.10) バイク2.0時間 腹筋0回 乾燥重量 94.0キロ 明日は人間ドック前の休養日
(2017.6.12) 夜バイク1.5時間 腹筋0回 乾燥重量 94.6キロ ドック終了後にトレ実施。病院では96キロだった・・・今日から酒断ち・・・
(2017.6.13) 物貰いで眼科へ、トレなし。朝の体重93.8キロ・・・酒断ち凄し!
(2017.6.13) 夜バイク1.0時間 腹筋30回 ナイトウォーキング1.5時間(8.2㎞) 翌朝14日のナチュラル体重 93.6キロ・・・禁酒効果あり。
(2017.6.15) 朝夜バイク1.0時間 ナイトウォーキング1時間15分(8.2㎞) 乾燥重量 92.4キロ・・・モチベアップ!
(2017.6.16) 朝バイク40分 乾燥重量 91.8㎏ 本日は泊りで飲み会・・・・禁酒生活4日で途切れ・・・土日出張
(2017.6.27) 出張明け95.6㎏、土日月火とバイク・ウォーキングで92.6㎏ 10日前に戻すのにあと1キロ弱・・・・
1. 体重遍歴
思い起こせば高校一年生(172cm)の時、柔道71キロ以下級でした。膝を壊してハンドボールのキーパーに転向し、受験勉強などで体重が増加。75キロ(176cm)へ。
大学一年生、初めての自炊生活。特に体重を量ったことはありませんでしたが、その夏に帰省したとき母からの一言。
「なんなのその顔、ちゃんと食べてんの!」
測ったら65キロ。5ヶ月で10キロマイナス。
就職したころは78キロ(180cm)。
27歳で結婚。
30歳で83キロ。
34歳で99.8キロ・・・・・
これじゃやばい!と一念発起して3ヶ月で83キロ、約17キロのダイエットに成功。でも、これが限界。フラフラしてしまって、結局85キロくらいで丁度良い感じでキープ・・・・・
この時のダイエットは、ハードトレーニング中心。ラン、バイク、筋トレ、水泳。食事は朝はがっちり、昼少々、夜は米抜き野菜中心。酒は減らさず。
ところが、85キロをキープしていたのは震災後一年くらいですかね。いつの間にか90~93を行ったり来たり・・・・・
親父が亡くなる直前は97キロ、49日を済ませた頃には99.8キロへ・・・
ズボンは穿けなくなるし、立って靴下穿きづらくなるし・・・
ということで、ダイエットを開始しました。
2. 懲りずにダイエット
今回は過去の反省を踏まえて極端なことはしないようにします。
朝はがっつり、昼は販売弁当をやめて「おにぎり・豆腐一丁・ヨーグルト/たまにラーメン」、夜は米抜き以外普通に食べる、酒は減らさない。
四国・近畿ツーリング前に開始して98キロ。ツーリング中に2キロ落とそうとしましたが無理。滋賀ではしゃぶしゃぶ食べ放題で、結局帰宅したときの体重は98.5キロ。
写真を見てもむくんだ顔と腹の醜さが隠せません。
連休明けから本格的に開始。
メニューは
① 固定したロードバイクをこぐ

② 腹筋を鍛える
③ 外食ラーメンを控える
ウエーン・・・・・
④ 酒は絶対控えない!
イエーイ!
以上です。
平日のトレーニングは朝。バイク30分×2セット、腹筋100回。
休日は、バイク30分×4~6セット、腹筋100回。
トレーナーにウインドブレーカーを着用し、水はカブのみしております。
体重を量る基準は「乾燥重量」としています。これは、トレーニング終了時、真っ裸の状態で測る。単にモチベーションアップのためです。
因みに、今朝の「乾燥重量」は94.4キロ。
当面の目標は90キロを切ること。約10キロですな。10年前の経験では、10キロ痩せたところで体が元に戻ろうと抵抗するので体重が落ちなくなりました。ここで諦めなければ何とかなるでしょう。
因みに、秘密兵器。

ロデオマシーン・・・・・社長に使うだろ!とだいぶ前に
これが効いてるのか効いてないのかよくわからん。トレは朝なので、こいつは夜使っています。でも、ちょいと腰が痛くなるので今一つかな。
欲しい人がいたらあげます。取りに来れる人のみ。電源コードはネズミにかじられたみたいで、私が絶縁しました。
ということで、単に痩せるぞーというお話でした。
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2017年05月18日
緑風荘 ~ 座敷童 ~ だったのかね?
※ 生家跡、図面以外は全て拾い物の写真で編集しています。当時の写真は全く持ってません!
おとといの記事で、座敷童の出る旅館「緑風荘」について触れました。
これまでブログの中で泊まった時の体験談を「その内アップします」てな感じで放置していることを思い出しましたよ。
何度か書こうかなと思った時があったんですけど、緑風荘内部のことなど口外してはならないプライベートなことや、私の生まれ育った家の位置が知れてしまうとか、そんな事情で手つかずでした。
連休に故郷を見てよくよく考えると、今の緑風荘は火災後に再建した旅館ですし、私の実家も水害で流されて存在しませんし、父も他界したことを考えると、もういいかなぁ、なんて思っちゃったりします。
そんな感じで、自分の体験談を一度整理も兼ねてアップしてみます。
1. 私の生家

私の生まれと育ちは「岩手県二戸市金田一字湯田」です。「金田一温泉」(きんたいちおんせん)です。
生家と緑風荘は川を挟んでお隣。川といっても川幅3m弱、深さ20~30cm程度のものです。
両親は私が生まれる頃に、ここに住み着いたそうです。因みに、5才上の兄がいます。
父の話では、父の実家の本家と緑風荘は血縁だと聞きましたが、定かではありません。
父の商売は別として器用な男だったので、緑風荘のふすまの張替えなど頼まれてやってましたね。
今から18年前の大雨で伐採木が川をせき止めてしまい、それがやがて鉄砲水となって生家の地面を持って行かれたことで全壊してしまいました。幸いこの時母は不在、父は飼い犬を逃がして駐車場から車を出したとたんに崩れ去るという間一髪状態でセーフ。
その後、仮住まいをへて宮城の兄と同居していましたが、昨年他界しました。
上の写真ですが、手前がかつて生家のあった場所で、川向の建物が緑風荘の客室棟です。※ 水害から5年後くらいの写真。
※写真が違いました。こっち。

2. 緑風荘

※消失前の表玄関(旅館側) 拾い物です。
正直、子供時代の記憶ですから詳しいことは知りません。元々この湯田の地主さんで座敷童が出る、とか、日本で5種類?しか見つかっていない亀の化石を持ってるとか、そんな感じです。
はっきりしているのは、我々近所の子供の遊び場であったこと。
苗字は出しても大丈夫と思います。五日市さんといって、地元の名士です。三男さんは県議会議員で、二つ上の先輩。私は五日市家五人兄弟の四男と五男の間の学年でしたので、この辺りの子供たちは緑風荘の敷地といわず大広間や廊下でよく遊びまくってました。
座敷童の出る部屋は「槐の間」というそうですが、まったく知りませんでした。実際その部屋は旅館の施設ではなく、築100年以上の母屋の客間であったと記憶してます。ただし、宿泊希望の方がいれば他の部屋と同料金で泊まれるということは知ってました。
建物内で遊んでも「槐の間」に近寄ることはあまりなかったと思います。かといって入ったことはありました。子供ながらに座敷童が出ることを知ってましたし、ちょっと怖かったんですね。
どうも「槐の間」という表現が馴染まないので、「座敷童の部屋」と呼ばせてもらいます。
拾い物

※ 大浴場 女風呂と内階段でつながってました。子供の頃はここを行ったり来たり・・・
座敷童の部屋に泊まったのは3回。小5、小6、中一の時。経緯は、大浴場の掃除を手伝うこと。というより、賄い飯をやるから大浴場を掃除しろ、ついでに泊まってけ、お前たちは客じゃないから座敷童の部屋に泊まれ、親に断ってこい」的な感じでした。家も近いのに泊まるのか、と思いましたが、怖いもの見たさで泊まったんじゃないかな。言葉が雑ですが、この会話は〇〇ちゃんと呼ばれていたここの関係者の言葉です。
掃除を手伝った人数は覚えていません。でも、泊ったのは3人。三回ともメンバーはバラバラだったと思います。
3. 座敷童の部屋周辺の間取り
改めて間取りを思い返してみると、記憶の曖昧さに気が付きます。ネット上でかつての写真を拾うことができるので助かりますが。
ということで、図面は大体のものです。母屋の奥は数回しか入ったことありませんからね。
新築した緑風荘は以前の母屋のデザインを良く再現しているなぁと感じました。若干スケールダウンしている思いますが。

庭から座敷童の部屋側の母屋

亀麻呂神社 昔は鳥居がなかった気がするが・・・・

母屋の正面

座敷童の部屋 ※ これは有名になってからの物。昔は人形など一切ありませんでした。かえって怖いよ・・・・

最初に拾い物写真から入りましたが、私の体験談をご理解いただくためにも、この構造の把握は欠かせません。
まず、室内からですが、隣室との境はふすま、居間とは壁で仕切られています。
座敷童の部屋と渡り廊下は障子戸、渡り廊下と外の境はガラス戸です。庭には街灯があり、夜は部屋が暗ければ渡り廊下を人が通ると障子戸に影が映ります。そうでなくても、街灯の明かりが部屋に差し込むので、真っ暗にはならないと記憶しています。渡り廊下の突き当りは昔のトイレでその当時は使っておらず錠前が掛かっていたと記憶しています。
4. 座敷童体験
三回とも同じ現象が起こりました。とりあえず、初回の小5の体験談。
手伝いが終わり賄い食で夕飯を済ませたのち、私たちは座敷童の部屋でテレビを見たり、雑談したりして。時間は忘れましたが、そろそろ寝ようということになり庭側に足を向けて消灯。すると、天井からラップ音(バキ、ピシ、パンという音。)がなり始めたので、私たちは悪ふざけを始めました。
それは、私たちが知る限りの座敷童情報で質問すること。もちろん言葉で返ってくるとは思いませんので、
「座敷童さん、座敷童さん、本当だったら一回、嘘だったら二回音を鳴らして下さい。」
というもの。恐々というよりはおふざけな感じで笑いながら質問しました。
「座敷童さんは、大人ですよね?」 「パン、パン」 ・・・・・もちろん子供、亀麻呂君です。
「座敷童さんは子供ですよね?」 「パン」
「女の子ですよね?」 「パン、パン」
「男の子ですよね?」 「パン」
「名前は亀麻呂だよね?」 「パン」
割とはっきりと返事が返ってくるので怖くなり、黙り込んでしまいました。
誰かが、「もういいから寝よう」と言ったと記憶してます。
でも、なぜか目がさえてしまい天井を眺めていると・・・・・・
・・・・ギィ・・・ギィ・・・・ギィ・・・・ギィ・・・・・
と、隣部屋側の渡り廊下から誰かが歩いてくる足音が・・・・それは確実に私たちの部屋に近づいてくる確かな音でした。
私は、(たぶんこの家の〇〇さんが自分たちを怖がらせようとやって来たんだな)と思いました。因みに、この時は四男の方だと思いました。
・・・ギィ・・・ギィ・・・・ギィ・・・・ギィ・・・・・
足音が近くなり、もうすぐこの部屋の前に来るぞ!と思っていたら・・・・
・・・ギィ・・・ギィ・・・・ギィ・・・・ギィ・・・・・
足音は目で追えるくらいはっきりしているのに、障子に人影が写らない!
足跡は、部屋の前の渡り廊下を左から右へ、奥の厠へ向かっていきます。しかし、その先は行き止まりの厠・・・・
そして、次の瞬間、
バタンッ!!
錠前の掛かった厠の扉が閉まる音が響きました!
(ウワーーーーーーーーッ)
と、思った瞬間、朝です。
日差しが燦々と部屋に降り注いでいます。私は真ん中に寝ていたので、急いで両脇の二人を見ると、二人とも目が開いています。
しばらく無言でしたが、誰ともなく昨日の話をすると、三人とも全く同じ記憶。バタンの後は朝だったと答えるんです。やっぱり居るねー、なんて会話したのを覚えています。
小6の時は少し慣れたつもりで同じ過程を踏みましたが、結果は同じ。バタンッ!朝、という感じ。
中一の時は少し異なります。というか、私は全く同じ。一緒に泊まった〇〇君だけ特殊な体験をしています。
彼は五日市家の血縁で親戚。ここの兄弟とはいとこ関係ですが東京育ちです。親の仕事の都合で一年間だけ緑風荘に住んでいました。同じクラスでしたし、東京育ちは私の知らないこともたくさん知っていたのですぐに仲良くなりました。そんな彼と一緒に座敷童の部屋に泊まった時は、「写ルンです」持参で部屋の写真を撮りまくったり、TVで無料のエ〇ビデオを初めて目にしてコーフンしたりしていたのですが、体験は一緒。質問して足音聞いて、バタンで朝です。
そして、また、お互いに体験の照らし合わせをしました。
「足音はするけど、姿見えなきゃ座敷童かどうかわがんねぇーべ」
彼「あれ、遊んでー、て来たでしょ。布団の周り走り回ってたの分かんなかった?」
「またまた、俺たちをビビらせよーとして、こんちくしょー」
彼「ふーん、そうなんだ」
数日後、写真の現像が終わってお互いの写真を比べっこしたんですが・・・・・私の写真は何の変哲もない部屋や天井、友達が写っているだけ。
ところが、彼の写真は、モヤー ですよ、モヤー
白いモヤが全面にまとわりつく感じ。最近はやりの「オーブ」が写っていたか記憶してません。それよりも圧巻なモヤーですよ。
私「やっぱり、直系は違うなー!」
彼「だから言ったじゃん、遊んでーて来てたよって。」
この彼とはFacebookで再会して、出張の帰りに新宿で待ち合わせて一杯飲みました。積もる話をしながら、私は曖昧になりつつある座敷童体験を彼と摺合せしました。その結果、やっぱり記憶通りだったかー、ということになり、盛り上がりました。確かこの時は、すでに火事で焼失した後でしたね。
そうそう、彼の住まいは埼玉ですが、勤め先が私の出張本部ビルと同じ西新宿。いやー、奇遇ですな。
5. 座敷童後述
座敷童の住みつく家は栄える、といわれています。それがいつの間にか「座敷童の姿を見ると幸運が訪れる」となったようです。ここでは挙げませんが、ネット上には座敷童に出会った様々な著名人の名前が出てきます。
これもまた聞きなので真実かわかりませんが、火災焼失後に座敷童と出会ったことで幸運を掴んだ方々が義援金を寄付したそうです。中には毎月100万円を送った方もいるとか・・・噂です。それだけ恩恵を与った方がおられるんですね。
えっ、私ですか?
そりゃ足音だけですからね。
でも、現在の自分の生活、家族、仕事、環境を見渡してみると、足音だけでも絶大な効果があったのかなー、なんて思っています。そんなことよりも、このど田舎で育ち、座敷童が出る旅館で遊びまわっていた記憶がとても豊かなものであると感じています。
これを機会に、金田一での思い出話を時折アップしてみますかね。ネタは結構あるんですよ。
側溝でテラピア大漁捕獲!
釣りで山火事!
トントンドボン事件!
〇〇屋のおやじさーん!
クラブで大噴火!
脳天唐竹割り!
ここにエ〇本ありまっせ!
ほらー、投げるよ!事件
窓から釣り!
やっぱり何かは居る!
〇〇大、亀化石盗難事件! ← これ、やばいか!
柔道着、線香臭い事件!
今ここに誰かいたよね!
やれるならやってみろ!ガチャン事件!
ぬ、抜けない事件!
おにーちゃん、待って!ドカン事件!
家出はネコの裏事件!
ザ・きんでーず!
やべー、楽しくなってきた。文才あったら本出したいくらい。
フェンザナイッ バスカムッ アンダランディーズダー エンダムーン イズィオンリー ラィトゥウィルシー
アッダーリンダーリンステン バーミー オオォゥステン ステンバーミー ステンバーミー ステンバーミー ・・・・・
な世界ですな。 ※ 別名haluca312ワールドともいう。ていうか、難しいなこれ!
まぁ、ほとんどが人のプライバシーに触れるから微妙ですな。
思い当たる幼馴染諸君!それだけは、やめてー!というネタがあったら今のうちに申し出でくれ。
以上。
※ 調子に乗ってカテゴリーに「スタンドバイミー金田一」を追加しました。
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おとといの記事で、座敷童の出る旅館「緑風荘」について触れました。
これまでブログの中で泊まった時の体験談を「その内アップします」てな感じで放置していることを思い出しましたよ。
何度か書こうかなと思った時があったんですけど、緑風荘内部のことなど口外してはならないプライベートなことや、私の生まれ育った家の位置が知れてしまうとか、そんな事情で手つかずでした。
連休に故郷を見てよくよく考えると、今の緑風荘は火災後に再建した旅館ですし、私の実家も水害で流されて存在しませんし、父も他界したことを考えると、もういいかなぁ、なんて思っちゃったりします。
そんな感じで、自分の体験談を一度整理も兼ねてアップしてみます。
1. 私の生家
私の生まれと育ちは「岩手県二戸市金田一字湯田」です。「金田一温泉」(きんたいちおんせん)です。
生家と緑風荘は川を挟んでお隣。川といっても川幅3m弱、深さ20~30cm程度のものです。
両親は私が生まれる頃に、ここに住み着いたそうです。因みに、5才上の兄がいます。
父の話では、父の実家の本家と緑風荘は血縁だと聞きましたが、定かではありません。
父の商売は別として器用な男だったので、緑風荘のふすまの張替えなど頼まれてやってましたね。
今から18年前の大雨で伐採木が川をせき止めてしまい、それがやがて鉄砲水となって生家の地面を持って行かれたことで全壊してしまいました。幸いこの時母は不在、父は飼い犬を逃がして駐車場から車を出したとたんに崩れ去るという間一髪状態でセーフ。
その後、仮住まいをへて宮城の兄と同居していましたが、昨年他界しました。
上の写真ですが、手前がかつて生家のあった場所で、川向の建物が緑風荘の客室棟です。※ 水害から5年後くらいの写真。
※写真が違いました。こっち。
2. 緑風荘

※消失前の表玄関(旅館側) 拾い物です。
正直、子供時代の記憶ですから詳しいことは知りません。元々この湯田の地主さんで座敷童が出る、とか、日本で5種類?しか見つかっていない亀の化石を持ってるとか、そんな感じです。
はっきりしているのは、我々近所の子供の遊び場であったこと。
苗字は出しても大丈夫と思います。五日市さんといって、地元の名士です。三男さんは県議会議員で、二つ上の先輩。私は五日市家五人兄弟の四男と五男の間の学年でしたので、この辺りの子供たちは緑風荘の敷地といわず大広間や廊下でよく遊びまくってました。
座敷童の出る部屋は「槐の間」というそうですが、まったく知りませんでした。実際その部屋は旅館の施設ではなく、築100年以上の母屋の客間であったと記憶してます。ただし、宿泊希望の方がいれば他の部屋と同料金で泊まれるということは知ってました。
建物内で遊んでも「槐の間」に近寄ることはあまりなかったと思います。かといって入ったことはありました。子供ながらに座敷童が出ることを知ってましたし、ちょっと怖かったんですね。
どうも「槐の間」という表現が馴染まないので、「座敷童の部屋」と呼ばせてもらいます。
拾い物

※ 大浴場 女風呂と内階段でつながってました。子供の頃はここを行ったり来たり・・・
座敷童の部屋に泊まったのは3回。小5、小6、中一の時。経緯は、大浴場の掃除を手伝うこと。というより、賄い飯をやるから大浴場を掃除しろ、ついでに泊まってけ、お前たちは客じゃないから座敷童の部屋に泊まれ、親に断ってこい」的な感じでした。家も近いのに泊まるのか、と思いましたが、怖いもの見たさで泊まったんじゃないかな。言葉が雑ですが、この会話は〇〇ちゃんと呼ばれていたここの関係者の言葉です。
掃除を手伝った人数は覚えていません。でも、泊ったのは3人。三回ともメンバーはバラバラだったと思います。
3. 座敷童の部屋周辺の間取り
改めて間取りを思い返してみると、記憶の曖昧さに気が付きます。ネット上でかつての写真を拾うことができるので助かりますが。
ということで、図面は大体のものです。母屋の奥は数回しか入ったことありませんからね。
新築した緑風荘は以前の母屋のデザインを良く再現しているなぁと感じました。若干スケールダウンしている思いますが。

庭から座敷童の部屋側の母屋

亀麻呂神社 昔は鳥居がなかった気がするが・・・・

母屋の正面

座敷童の部屋 ※ これは有名になってからの物。昔は人形など一切ありませんでした。かえって怖いよ・・・・

最初に拾い物写真から入りましたが、私の体験談をご理解いただくためにも、この構造の把握は欠かせません。
まず、室内からですが、隣室との境はふすま、居間とは壁で仕切られています。
座敷童の部屋と渡り廊下は障子戸、渡り廊下と外の境はガラス戸です。庭には街灯があり、夜は部屋が暗ければ渡り廊下を人が通ると障子戸に影が映ります。そうでなくても、街灯の明かりが部屋に差し込むので、真っ暗にはならないと記憶しています。渡り廊下の突き当りは昔のトイレでその当時は使っておらず錠前が掛かっていたと記憶しています。
4. 座敷童体験
三回とも同じ現象が起こりました。とりあえず、初回の小5の体験談。
手伝いが終わり賄い食で夕飯を済ませたのち、私たちは座敷童の部屋でテレビを見たり、雑談したりして。時間は忘れましたが、そろそろ寝ようということになり庭側に足を向けて消灯。すると、天井からラップ音(バキ、ピシ、パンという音。)がなり始めたので、私たちは悪ふざけを始めました。
それは、私たちが知る限りの座敷童情報で質問すること。もちろん言葉で返ってくるとは思いませんので、
「座敷童さん、座敷童さん、本当だったら一回、嘘だったら二回音を鳴らして下さい。」
というもの。恐々というよりはおふざけな感じで笑いながら質問しました。
「座敷童さんは、大人ですよね?」 「パン、パン」 ・・・・・もちろん子供、亀麻呂君です。
「座敷童さんは子供ですよね?」 「パン」
「女の子ですよね?」 「パン、パン」
「男の子ですよね?」 「パン」
「名前は亀麻呂だよね?」 「パン」
割とはっきりと返事が返ってくるので怖くなり、黙り込んでしまいました。
誰かが、「もういいから寝よう」と言ったと記憶してます。
でも、なぜか目がさえてしまい天井を眺めていると・・・・・・
・・・・ギィ・・・ギィ・・・・ギィ・・・・ギィ・・・・・
と、隣部屋側の渡り廊下から誰かが歩いてくる足音が・・・・それは確実に私たちの部屋に近づいてくる確かな音でした。
私は、(たぶんこの家の〇〇さんが自分たちを怖がらせようとやって来たんだな)と思いました。因みに、この時は四男の方だと思いました。
・・・ギィ・・・ギィ・・・・ギィ・・・・ギィ・・・・・
足音が近くなり、もうすぐこの部屋の前に来るぞ!と思っていたら・・・・
・・・ギィ・・・ギィ・・・・ギィ・・・・ギィ・・・・・
足音は目で追えるくらいはっきりしているのに、障子に人影が写らない!
足跡は、部屋の前の渡り廊下を左から右へ、奥の厠へ向かっていきます。しかし、その先は行き止まりの厠・・・・
そして、次の瞬間、
バタンッ!!
錠前の掛かった厠の扉が閉まる音が響きました!
(ウワーーーーーーーーッ)
と、思った瞬間、朝です。
日差しが燦々と部屋に降り注いでいます。私は真ん中に寝ていたので、急いで両脇の二人を見ると、二人とも目が開いています。
しばらく無言でしたが、誰ともなく昨日の話をすると、三人とも全く同じ記憶。バタンの後は朝だったと答えるんです。やっぱり居るねー、なんて会話したのを覚えています。
小6の時は少し慣れたつもりで同じ過程を踏みましたが、結果は同じ。バタンッ!朝、という感じ。
中一の時は少し異なります。というか、私は全く同じ。一緒に泊まった〇〇君だけ特殊な体験をしています。
彼は五日市家の血縁で親戚。ここの兄弟とはいとこ関係ですが東京育ちです。親の仕事の都合で一年間だけ緑風荘に住んでいました。同じクラスでしたし、東京育ちは私の知らないこともたくさん知っていたのですぐに仲良くなりました。そんな彼と一緒に座敷童の部屋に泊まった時は、「写ルンです」持参で部屋の写真を撮りまくったり、
そして、また、お互いに体験の照らし合わせをしました。
「足音はするけど、姿見えなきゃ座敷童かどうかわがんねぇーべ」
彼「あれ、遊んでー、て来たでしょ。布団の周り走り回ってたの分かんなかった?」
「またまた、俺たちをビビらせよーとして、こんちくしょー」
彼「ふーん、そうなんだ」
数日後、写真の現像が終わってお互いの写真を比べっこしたんですが・・・・・私の写真は何の変哲もない部屋や天井、友達が写っているだけ。
ところが、彼の写真は、モヤー ですよ、モヤー
白いモヤが全面にまとわりつく感じ。最近はやりの「オーブ」が写っていたか記憶してません。それよりも圧巻なモヤーですよ。
私「やっぱり、直系は違うなー!」
彼「だから言ったじゃん、遊んでーて来てたよって。」
この彼とはFacebookで再会して、出張の帰りに新宿で待ち合わせて一杯飲みました。積もる話をしながら、私は曖昧になりつつある座敷童体験を彼と摺合せしました。その結果、やっぱり記憶通りだったかー、ということになり、盛り上がりました。確かこの時は、すでに火事で焼失した後でしたね。
そうそう、彼の住まいは埼玉ですが、勤め先が私の出張本部ビルと同じ西新宿。いやー、奇遇ですな。
5. 座敷童後述
座敷童の住みつく家は栄える、といわれています。それがいつの間にか「座敷童の姿を見ると幸運が訪れる」となったようです。ここでは挙げませんが、ネット上には座敷童に出会った様々な著名人の名前が出てきます。
これもまた聞きなので真実かわかりませんが、火災焼失後に座敷童と出会ったことで幸運を掴んだ方々が義援金を寄付したそうです。中には毎月100万円を送った方もいるとか・・・噂です。それだけ恩恵を与った方がおられるんですね。
えっ、私ですか?
そりゃ足音だけですからね。
でも、現在の自分の生活、家族、仕事、環境を見渡してみると、足音だけでも絶大な効果があったのかなー、なんて思っています。そんなことよりも、このど田舎で育ち、座敷童が出る旅館で遊びまわっていた記憶がとても豊かなものであると感じています。
これを機会に、金田一での思い出話を時折アップしてみますかね。ネタは結構あるんですよ。
側溝でテラピア大漁捕獲!
釣りで山火事!
トントンドボン事件!
〇〇屋のおやじさーん!
クラブで大噴火!
脳天唐竹割り!
ほらー、投げるよ!事件
窓から釣り!
やっぱり何かは居る!
〇〇大、亀化石盗難事件! ← これ、やばいか!
柔道着、線香臭い事件!
今ここに誰かいたよね!
やれるならやってみろ!ガチャン事件!
ぬ、抜けない事件!
おにーちゃん、待って!ドカン事件!
家出はネコの裏事件!
ザ・きんでーず!
やべー、楽しくなってきた。文才あったら本出したいくらい。
フェンザナイッ バスカムッ アンダランディーズダー エンダムーン イズィオンリー ラィトゥウィルシー
アッダーリンダーリンステン バーミー オオォゥステン ステンバーミー ステンバーミー ステンバーミー ・・・・・
な世界ですな。 ※ 別名haluca312ワールドともいう。ていうか、難しいなこれ!
まぁ、ほとんどが人のプライバシーに触れるから微妙ですな。
思い当たる幼馴染諸君!それだけは、やめてー!というネタがあったら今のうちに申し出でくれ。
以上。
※ 調子に乗ってカテゴリーに「スタンドバイミー金田一」を追加しました。
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2017年05月17日
ガレージに明り取り窓 PartⅢ
5月5日に故郷キャンプから戻って翌日の6日。
午前中は仕事をしまして、午後から懸案事項の「ガレージ明り取り窓」の追加施工を行いました。
窓の部材はこれ!


ダイソー100均のガラス皿。
丁度良いサイズなのか、結構売り切れているんですよ。とりあえず三枚確保してあったので、早速作業に移ります。
バイクを表に出しまして、作業スペースを確保。

GTRだけ中に残しましたよ。だって重いんだもの・・・・
前室の木造ガレージは外壁材しか張っていないので、ドリルで穴を開けてノコでゴキゴキ切り抜いたらコーキングでくっつけるだけ。
今までと違うのは、穴のサイズを皿から5ミリしか小さくしなかったこと。明り取りの面積を広げる作戦です。
さて、



こうしたら、コーキングを穴の周りに塗ったくってから皿をはめて、

内側から木で押さえたら、外側をコーキングで塗り塗り。

今回はクリアを使用してみました。

乾いてから余計な部分はカッターで切除しましたよ。
これを繰り返して三ヶ所の取り付け完了。

窓の位置がずれているのは、中の位置取りを優先したため。
これまで木造ガレージの左右に一個づつ取り付けていましたが、今回でガレージに向かって右が二個、左が三個となりました。
中からですが、

左の三個です。
暗くしてみましたが、ピントが合わん!


ロフトから見下ろした写真ですが、はしごの脇に三つあるので、結構な光量が取れてます。

ロフトにも一か所取り付けたいんですが、本を収納するスペースが減ってしまうんですよね・・・・・
これは一気に読み直ししない漫画や小説を処分するしかありませんな。
最後に初期型窓と三期型の比較。
初期型

穴が小さく皿も内側にはみ出ています。コーキングが多くて採光面積が狭い。
三期型

最大に穴を広げた分、採光面積が広い。内側へのはみだしも最小。但し、乾くまで固定が面倒だった・・・・クリアコーキングも良かったみたい。
次回はロフトに取り付ける計画を立てることにしよう。
以上。
※ 余談
ナチュブロの写真挿入設定が崩れてますな。改行して挿入しても、改行が反映されずめんどくさい。今までも何度かあったけど、対策が遅れてますな。イラッ!
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午前中は仕事をしまして、午後から懸案事項の「ガレージ明り取り窓」の追加施工を行いました。
窓の部材はこれ!
ダイソー100均のガラス皿。
丁度良いサイズなのか、結構売り切れているんですよ。とりあえず三枚確保してあったので、早速作業に移ります。
バイクを表に出しまして、作業スペースを確保。
GTRだけ中に残しましたよ。だって重いんだもの・・・・
前室の木造ガレージは外壁材しか張っていないので、ドリルで穴を開けてノコでゴキゴキ切り抜いたらコーキングでくっつけるだけ。
今までと違うのは、穴のサイズを皿から5ミリしか小さくしなかったこと。明り取りの面積を広げる作戦です。
さて、
こうしたら、コーキングを穴の周りに塗ったくってから皿をはめて、
内側から木で押さえたら、外側をコーキングで塗り塗り。
今回はクリアを使用してみました。
乾いてから余計な部分はカッターで切除しましたよ。
これを繰り返して三ヶ所の取り付け完了。
窓の位置がずれているのは、中の位置取りを優先したため。
これまで木造ガレージの左右に一個づつ取り付けていましたが、今回でガレージに向かって右が二個、左が三個となりました。
中からですが、
左の三個です。
暗くしてみましたが、ピントが合わん!
ロフトから見下ろした写真ですが、はしごの脇に三つあるので、結構な光量が取れてます。
ロフトにも一か所取り付けたいんですが、本を収納するスペースが減ってしまうんですよね・・・・・
これは一気に読み直ししない漫画や小説を処分するしかありませんな。
最後に初期型窓と三期型の比較。
初期型
穴が小さく皿も内側にはみ出ています。コーキングが多くて採光面積が狭い。
三期型
最大に穴を広げた分、採光面積が広い。内側へのはみだしも最小。但し、乾くまで固定が面倒だった・・・・クリアコーキングも良かったみたい。
次回はロフトに取り付ける計画を立てることにしよう。
以上。
※ 余談
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2017年05月16日
金田一 生まれ故郷の旅
5月1日に帰福して、2日に溜まった仕事を処理いたしました。
さて、3日ですが、妻も仕事、長男と長女は部活。中学生になった次男も部活と言いたいところですが、蔓延したインフルエンザのせいで部活禁止。
妻には次男をキャンプに連れて行くと言っていたのですが、居るはずの次男がいない・・・・
しょうがないのでガレージの片づけをしてましたら、10:30頃・・・
「お父さーん」と寝間着姿でいるじゃないですか!
居たんかーい!!!!
キャンプに行く気したけど行かん!!
と言うと、今からでも行きたいと言うじゃないですか・・・・・
30分で用意しろ!!!と、びしゃくれて(怒鳴って)、ツーの道具をそのまま車に入れて、あれよあれよと11:00出発。
目的地は生まれ故郷の岩手県二戸市金田一。
案の定、高速道路は渋滞。到着したのは15:30。
実は今回の旅は、福島生まれの我が子に自分の育った場所を伝えるのが目的。半ば諦めていましたが、今回次男にだけ伝えることができそうです。
とりあえず、食料を調達し、今は無き生家や、遊んだ場所を軽く案内してから「市民の森」へ移動。この三日間の宿泊場所です。
ここはアスレチックと昔はなかったロング滑り台があります。が、アスレチックは半分以上が腐って使用禁止・・・・


修理した旧アーディンと新アーディンをツインで張り、次男は初のシングルルーム。
この晩は刺身と焼肉、あさりのバーナー焼きとたき火です。
いやー、懐かしい。小学校時代にキャンプしたきりですな。こんなところまで自転車で遊びに来ていたとは信じられませんな。
酒のつまみにアサリ焼き

次男はたき火の準備

酒はもちろん、南部美人!

このお酒、東北の本醸造部門で金賞を取りました。一升で2,000円くらい。うまいですぞ。

たき火をするため芝とアスファルトの境目にテントを張ったんですよ。


このたき火台、Amazonで1,680円くらいだったと思いますが、非常に使えます。五徳にもなりますし、よく燃えます。
5月4日
お決まりの朝からラーメン。

いやー、この亀の子BOX、ツーだけじゃなく使えますな。テーブルになるし、物は入れられるし。
さて、朝一発目からは馬淵川で釣りです。狙いは「じゃっこ」と「ぬまへ」。正式名は知りません。
餌は伝統の「魚肉ソーセージ」
いざ。


3時間粘って釣果ゼロ・・・・昔は釣れたんだけどな・・・・
よし、それならば「沢蟹」取りに行くぞ!オッー !
という乗りで、廃校の駐車場に車を停めて裏山に分け入ります。
新しい公民館が建ってる・・・

のどかな風景でしょう

さて、



うーん、いない・・・・
ならば化石取りじゃー!


辛うじて珪化木(木の化石)を発見。昔は貝、蟹、松ぼっくりなんかの化石が取れたんだけどなぁ・・・・
そうだ、「テラピアの釣り堀」があった。そこなら入れ食いでストレス開放じゃー!!!!!
つぶれてました・・・・・
余りのショックで写真を撮る気も起らず・・・・
コンビニ飯でお昼を済ませ、煎餅汁に使う「かやき煎餅」と「南部せんべい」、「南部そば」を大人買いしてから緑風荘のお風呂へ。
久しぶりにおかみさんに会いました。お元気ですな。
緑風荘は座敷童で有名な旅館でしたが、火事で全焼。今は再建して営業しています。
詳細はホームページでご覧ください。
http://www.zashiki-warashi.co.jp/
率直な感想は、昔の母屋を再現した作りです。10:30~15:00まで入浴と槐(えんじゅ)の間の見学ができます。
見学のお客さんが、「オーブが写った」と叫んでましたな。
私は子供の頃に3回槐の間に泊まりまして、体験しております。いつかアップしましょう。
さて、食料を買い出して市民の森に戻ると管理人さんを発見。しばし、雑談していると、「最近魚が釣れなくなったなー」とのこと。長雨の影響もあるようですな。
この80代の管理人さんから耳寄りな情報をゲット。
「このすぐ裏にある池には、鯉、イワナ、ヤマメがいっぱいいるって聞いたぞ。昔から一度は行きたいと思ってんだけどなー」
マジですかー!!!!おい、行くぞー!!!!
言われた通り歩くと分岐を発見。谷に沿って降りていくと、ありました。



次男「ねぇ、この池、死んでない・・・・」
私「・・・・・・」
次男「生き物の気配がしないんだけど・・・」
私「いや、管理人さんが、いっぱいいるって言ってたぞー、昔から一度は行ってみたいって」
次男「あの人おじいちゃんじゃん、昔って・・・・」
せっかく来たから、釣るぞ~!!!!
1時間で諦めました。だって水が流れていないし、浅いし、ザリガニさえいないし、確実に死んでますなこの池。
二人でテントに戻りまして、私は飲み開始。次男は諦めきれないのか場所を替えて釣りしてみるそうで、旅立っていきました。
1時間半後、「やっぱり死んでるー」ということで釣果ゼロ。諦めて夕食開始。
ホタテー

たき火ー

肉ー


このスキレッド、超いいですね。これも1,680円だったかなー
酒ー

という感じで爆睡・・・・
翌朝は早めに撤収して渋滞回避。それでも4時間かかりましたな。
以上、子供に自分の子供時代がどんなに良かったか自慢するつもりが、なんの自慢もできなかったお話でした。
どっとはれ!!
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さて、3日ですが、妻も仕事、長男と長女は部活。中学生になった次男も部活と言いたいところですが、蔓延したインフルエンザのせいで部活禁止。
妻には次男をキャンプに連れて行くと言っていたのですが、居るはずの次男がいない・・・・
しょうがないのでガレージの片づけをしてましたら、10:30頃・・・
「お父さーん」と寝間着姿でいるじゃないですか!
居たんかーい!!!!
キャンプに行く気したけど行かん!!
と言うと、今からでも行きたいと言うじゃないですか・・・・・
30分で用意しろ!!!と、びしゃくれて(怒鳴って)、ツーの道具をそのまま車に入れて、あれよあれよと11:00出発。
目的地は生まれ故郷の岩手県二戸市金田一。
案の定、高速道路は渋滞。到着したのは15:30。
実は今回の旅は、福島生まれの我が子に自分の育った場所を伝えるのが目的。半ば諦めていましたが、今回次男にだけ伝えることができそうです。
とりあえず、食料を調達し、今は無き生家や、遊んだ場所を軽く案内してから「市民の森」へ移動。この三日間の宿泊場所です。
ここはアスレチックと昔はなかったロング滑り台があります。が、アスレチックは半分以上が腐って使用禁止・・・・
修理した旧アーディンと新アーディンをツインで張り、次男は初のシングルルーム。
この晩は刺身と焼肉、あさりのバーナー焼きとたき火です。
いやー、懐かしい。小学校時代にキャンプしたきりですな。こんなところまで自転車で遊びに来ていたとは信じられませんな。
酒のつまみにアサリ焼き
次男はたき火の準備
酒はもちろん、南部美人!
このお酒、東北の本醸造部門で金賞を取りました。一升で2,000円くらい。うまいですぞ。
たき火をするため芝とアスファルトの境目にテントを張ったんですよ。
このたき火台、Amazonで1,680円くらいだったと思いますが、非常に使えます。五徳にもなりますし、よく燃えます。
5月4日
お決まりの朝からラーメン。

いやー、この亀の子BOX、ツーだけじゃなく使えますな。テーブルになるし、物は入れられるし。
さて、朝一発目からは馬淵川で釣りです。狙いは「じゃっこ」と「ぬまへ」。正式名は知りません。
餌は伝統の「魚肉ソーセージ」
いざ。


3時間粘って釣果ゼロ・・・・昔は釣れたんだけどな・・・・
よし、それならば「沢蟹」取りに行くぞ!オッー !
という乗りで、廃校の駐車場に車を停めて裏山に分け入ります。
新しい公民館が建ってる・・・

のどかな風景でしょう

さて、



うーん、いない・・・・
ならば化石取りじゃー!


辛うじて珪化木(木の化石)を発見。昔は貝、蟹、松ぼっくりなんかの化石が取れたんだけどなぁ・・・・
そうだ、「テラピアの釣り堀」があった。そこなら入れ食いでストレス開放じゃー!!!!!
つぶれてました・・・・・
余りのショックで写真を撮る気も起らず・・・・
コンビニ飯でお昼を済ませ、煎餅汁に使う「かやき煎餅」と「南部せんべい」、「南部そば」を大人買いしてから緑風荘のお風呂へ。
久しぶりにおかみさんに会いました。お元気ですな。
緑風荘は座敷童で有名な旅館でしたが、火事で全焼。今は再建して営業しています。
詳細はホームページでご覧ください。
http://www.zashiki-warashi.co.jp/
率直な感想は、昔の母屋を再現した作りです。10:30~15:00まで入浴と槐(えんじゅ)の間の見学ができます。
見学のお客さんが、「オーブが写った」と叫んでましたな。
私は子供の頃に3回槐の間に泊まりまして、体験しております。いつかアップしましょう。
さて、食料を買い出して市民の森に戻ると管理人さんを発見。しばし、雑談していると、「最近魚が釣れなくなったなー」とのこと。長雨の影響もあるようですな。
この80代の管理人さんから耳寄りな情報をゲット。
「このすぐ裏にある池には、鯉、イワナ、ヤマメがいっぱいいるって聞いたぞ。昔から一度は行きたいと思ってんだけどなー」
マジですかー!!!!おい、行くぞー!!!!
言われた通り歩くと分岐を発見。谷に沿って降りていくと、ありました。
次男「ねぇ、この池、死んでない・・・・」
私「・・・・・・」
次男「生き物の気配がしないんだけど・・・」
私「いや、管理人さんが、いっぱいいるって言ってたぞー、昔から一度は行ってみたいって」
次男「あの人おじいちゃんじゃん、昔って・・・・」
せっかく来たから、釣るぞ~!!!!
1時間で諦めました。だって水が流れていないし、浅いし、ザリガニさえいないし、確実に死んでますなこの池。
二人でテントに戻りまして、私は飲み開始。次男は諦めきれないのか場所を替えて釣りしてみるそうで、旅立っていきました。
1時間半後、「やっぱり死んでるー」ということで釣果ゼロ。諦めて夕食開始。
ホタテー
たき火ー
肉ー
このスキレッド、超いいですね。これも1,680円だったかなー
酒ー
という感じで爆睡・・・・
翌朝は早めに撤収して渋滞回避。それでも4時間かかりましたな。
以上、子供に自分の子供時代がどんなに良かったか自慢するつもりが、なんの自慢もできなかったお話でした。
どっとはれ!!
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2017年05月15日
四国・近畿征伐ツーリング
※ 加筆しました。(2017.5.16)
※ 書きかけでございます。(2017.5.15)
最初になんですが、今回のツーで失敗したのは三つの記録媒体で写真を撮ってしまったこと。
現行スマホ ・・・ SNS投稿、写真画素最大
旧スマホ ・・・ ブログ用カメラとして利用。画素もダウン仕様
カメラ ・・・ バッテリー切れ時の補助カメラ。本末転倒品。
あれ、写真撮ったはずなのにない・・・・なんて事態があって、あっちだこっちだ面倒な状態。
結果、ブログには旧スマホの写真のみでアップ致します。だって面倒なんだもの・・・
ということで、四国・近畿ツーをアップ致します。

さて、4月26日am05:00、自宅出発。二本松ICから高速に乗り、快調に飛ばしていましたら・・・・ナビが動く・・・
正確には、ナビを固定しているアームが振動で動いちゃうんですよ。そういえば、クロスカブ用のロングアームを付けてしまった・・・・まぁ、いいか・・・と走りながら、ふと、考え事を開始。
(ナビにスマホを使っている人が多いけど、充填しっぱなしや、雨にさらされて大丈夫なのかね。)
(やっぱり、高くてもバイク用の防水ナビだよね。スマホをハードに使うとバッテリー負荷も増えちゃうし・・・・スマホ・・・)
「あっ、スマホ忘れた!!!!!」
会社携帯、現行スマホ、旧スマホと一式充電したままガレージに放置。場所は猪苗代、すでに60キロ進んでる・・・・ということでUターン。
せっかくだからと朝食を済ませ、ショートアームに交換し、スマホ一式を収納。
結局、am06:30に再出発。
猪苗代町、会津は最高の天気!しかし、予報では新潟は降水確率100%。
降水確率と降雨量は別だ!と走り続けると、新潟関越道から雨。
・・・・やっぱりなーとシールド拭き拭き走っていると、いつしか雨は上がり雪山が右側に・・・・
(あれ、海じゃない、雪山は左に見えるはずだけど・・・)
「分岐、見逃した!!!!」
はい、馴れた気をして関越と北陸道の分岐を見逃して東京に50キロ向かってましたよ・・・・・そりゃ天気も変わるさ。
気を取り直して北陸道に戻ると、やっぱり雨。富山、石川、福井も雨。若狭道も雨、ペースが上がりません。気持ちも折れ気味・・・
途中、天気予報を確認すると、徳島、香川、愛媛も雨・・・・こりゃ野宿嫌だな・・・今日は割り切ってビジホに泊まろうかなと、徳島のビジホを検索するも7000円台・・・高っ!
ダメもとで香川の高松のビジホを調べると4,000円代があるじゃないですか。そうだ、5年前に高松で居酒屋オープンした友人に会いに行こう!と、一気にモチベーションアップで19:30にホテル到着。駐車場も屋根付き。
着替えて、エアコン付けて濡れたものを干してから、バイクウエアのまま高松市の繁華街へ。だって、余計な服持ってきてませんから・・・
いやー、美味しかったですよ。お店もおしゃれ。日本酒も友人セレクトで満喫。シャイな私はお客さんが写ってしまうので店内写真も撮らず、酒と食べかけの料理のみ撮りました。というか、疲れて面倒だったのと、話がはずんじゃったせいですな。
翌朝、防寒・防水グローブは空気清浄機のおかげでカラッカラッ。


約1000キロちょっとの行程。
4月27日。
今回は三回目の四国。行ったことのない場所を重点にひた走る予定。
天気もばっちり、いざ佐田岬に向けてナビを設定し出発。讃岐うどん食べたかったなー。さらば香川よ。



あっけなく着いたなぁ、と思ったらナビの設定ミス。
行こうとしたのは、ここ。

行きついたのは、ここ!

近すぎんべよ!!!もっと早く気づけよ!!!
ミスの原因は、地図の縮尺も考えずに似たような地形から目的地を設定したため。イラッとしたんで讃岐うどんで気分転換。


大(三玉)、かき揚げ、とり天610円。安っ!道理で讃岐うどんの看板多いわけだよ。香川から出てもいなかった。あと120キロ先。
気を取り直して高速で移動。ところが、前日の疲れから肩が凝って、肩が凝って・・・よし、温泉だ。
調べると、佐田岬に入ってすぐ、四国最西端に温泉があることを発見。ここに入ってから先端を目指そう!
・・・・
・・・・
・・・・

拾い物
到着。定休日・・・・
・・・・
・・・・
心折れた・・・・肩痛い・・・・やーめた!佐田岬、やーめた!
温泉に入りたい一心から、以前泊まったことがある「成川渓谷休暇センター」のキャンプ場へ移動。ここは「高月温泉」が併設。約100キロだったかなぁ、移動して宿営。因みに誰も泊まってません。怖ぇー・・・・
ここはシーズンオフでも泊まれます。但し管理人不在。




キャンプ場は無料。温泉は360円で、タオル一枚でオッケー。
佐田岬は飲んで制覇!




ハマグリをバーナーで焼いて完食。
朝は徳島ラーメンともやし、コーヒー。



朝気が付きましたけど、

普通に使えました。

300キロくらいの行程かな。
4月28日
温泉に浸かったおかげで元気100倍。ゆっくりしすぎて08:00出発。
最初は四万十川「沈下橋」を目指します。あっという間に到着。



氾濫する河川で橋が流されないよう、欄干のないコンクリートの橋。この川沿いに5つほどあります。
欄干がないだけで一本橋が苦手な私は〇玉がキュッとなります。
この後は藁焼きカツオのたたきで有名な「多田水産」目指して四万十河口をひた走り、「道の駅ビオスおおがた」でお土産休憩。
ノーマル芋けんぴと塩けんぴを大人買い。
拾いもん


太平洋にいったん出て、

「道の駅 かわうその里すさき」到着。
ホントは土佐久礼の本店に行ったんだけど、郵送は道の駅店だけとのこと。昔は電話一本で季節の魚を郵送してくれたんだけど、先代が引退して今はやってくれないとのこと。残念。
写真は拾い物ですが、


自宅と滋賀の先輩に宅配手続き。
そして、大きく遅れた予定を修復するべく、一路山間を徳島に向かいます。
写真なし、3時間下道ひた走り、193号線途中で道の駅隣接の「もみじ川温泉」で休憩。15:30でお風呂は貸し切り。
拾い物


この193号線はスーパー林道の分岐が多く、結構途中でオフバイに会いましたね。
途中買い物をして、阿南市の道の駅 「公方の郷なかがわ」で宿営。ここなら徳島市のフェリー乗り場まで30分で行けます。

ちょいと自分にご褒美。ここの道の駅は泊まりやすいと思います。でも、車中泊の方が多いのと道路が近いのでちょっとうるさいかな。交差点向かい角にはコンビニもありました。自転車で四国一周するという大阪の方と少し話して就寝。

300キロくらいでしょう。
4月29日
翌朝、早起きの車中泊爺の大声で04:00起床。なんなんでしょう・・・少しのんびりして06:30出発。ちょいと混みましたが、07:10フェリー乗り場到着。08:00出向、いざ、和歌山へ。

ここでも失敗。2時間の船旅の間に紀伊半島から滋賀までの経路を練るつもりがバイクに地図を忘れた。運行中は駐車スペースに入れないんですよね。
仕方なく降りてから考えようと仮眠。10:00到着。紀伊半島沿岸部はそれなりに走ったので伊勢志摩だけ見ようかなとナビ設定すると、
到着予定時間17:10
だめじゃん。滋賀での待ち合わせに間に合わない。もっとも、本当は28日の夜は紀伊半島南端に宿泊する予定でしたから、無理は承知だったんですけどね。
さらに、伊賀・甲賀辺りを走ろうかと地図を見ると、途中途中が渋滞するような街並み。そんな時、本日合流予定の仲間からラインが入りまして、
彦根城を見よう!ということで、行先変更。フェリー代が無駄に終わる事態に・・・・・
しかも、合流したとたんに雷、集中豪雨。1時間半ほどショッピングモールで時間つぶし。その後は晴れ間が出てきたので、彦根城を散策。



そのあと琵琶湖外周路を走って先輩の自宅へ。送ったカツオのたたきを喜んでいただきました。
この夜は先輩の長男を引き連れてしゃぶしゃぶ食べ放題と部屋飲み。

290キロくらいの行程かな。
4月30日
自宅前で写真を撮りまくったのですが、これはちょっと割愛。でも一枚だけ。

先輩のニューバイクがありましたな。カワサキ・Z1000

とりあえず、京都の先輩と合流するため伏見稲荷に急行。




いやー、ここいいですわ。その内家族とこよう。
嵐山で合流。

なんとこの先輩、Z1000持ってるのに125の古いバイクで登場。高校時代に初めて買ったバイクをオークションで落としてレストアしたとのこと。このバイクで来たのは、
「わしのZはツーリングバイクじゃないんじゃ」
とのことでした。



京都の先輩を先頭にして走ります。
ライダーズカフェに寄ったり、



京丹後の施設によって散策したりして終了。
今回の合流目的は、出張仲間のバイク乗りが集まって一緒に走ろう、という5年前の計画を実行すること。残念ながら2名は予定が合わなく欠席でしたが、楽しかったですね。
最後は滋賀の先輩が先頭で峠をひた走り。渋滞のストレス発散と温泉。その後滋賀の先輩と分かれて移動。
本日の宿営は「道の駅 琵琶湖大橋米プラザ」。



実は翌朝の写真。
東京の先輩と道の駅でテント泊。そこに滋賀の先輩が再登場。00:00まで酒盛りしましたとさ。先輩、アザッス!

この道の駅はさほど広くありませんが宿営しやすいです。雨が降っても屋根の下に移動できますし。芝には「バーベキュー禁止」とあります。トイレの個室が二つしかないのが難点ですね。車中泊や釣り人が多いので、トイレが混んだ印象です。
また、琵琶湖大橋の追い越し車線はメロディー舗装。夜中にたまに鳴りますが、気になるほどではありません。橋の照明が綺麗でしたね。
写真は撮ってませんが・・・・・何しろ酔っぱらってたもんですから。
地図はなし。あちこち走りましたから。250キロくらいの行程。
翌日5月1日。またもや滋賀の先輩が登場。この方、仁義厚きお方です。


この後、一路福島に向けてひた走りましたとさ。

最終日は800キロくらいの行程。
全行程約3000キロ。
に、無駄に走った120+100+25キロを合わせて、3245キロくらいですかな。
今回の反省
見出しの通り、反省点だらけ。
予定を立てなすぎ、一度行った所も行くべきだった気がします。足摺岬、桂浜、室戸岬のどれかは寄ればよかったかな・・・・
雨のせいもありましたが、風呂敷を広げ過ぎて、紀伊半島回れず・・・・
高速道路使い過ぎ・・・・
合流後の滋賀、京都観光ツーがなかったらゾッとする感じですな。
ということで、次回は下道長距離ツーにして、一気に高速道路で帰る計画にします。次は内陸だな。
以上。
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最初になんですが、今回のツーで失敗したのは三つの記録媒体で写真を撮ってしまったこと。
現行スマホ ・・・ SNS投稿、写真画素最大
旧スマホ ・・・ ブログ用カメラとして利用。画素もダウン仕様
カメラ ・・・ バッテリー切れ時の補助カメラ。本末転倒品。
あれ、写真撮ったはずなのにない・・・・なんて事態があって、あっちだこっちだ面倒な状態。
結果、ブログには旧スマホの写真のみでアップ致します。だって面倒なんだもの・・・
ということで、四国・近畿ツーをアップ致します。

さて、4月26日am05:00、自宅出発。二本松ICから高速に乗り、快調に飛ばしていましたら・・・・ナビが動く・・・
正確には、ナビを固定しているアームが振動で動いちゃうんですよ。そういえば、クロスカブ用のロングアームを付けてしまった・・・・まぁ、いいか・・・と走りながら、ふと、考え事を開始。
(ナビにスマホを使っている人が多いけど、充填しっぱなしや、雨にさらされて大丈夫なのかね。)
(やっぱり、高くてもバイク用の防水ナビだよね。スマホをハードに使うとバッテリー負荷も増えちゃうし・・・・スマホ・・・)
「あっ、スマホ忘れた!!!!!」
会社携帯、現行スマホ、旧スマホと一式充電したままガレージに放置。場所は猪苗代、すでに60キロ進んでる・・・・ということでUターン。
せっかくだからと朝食を済ませ、ショートアームに交換し、スマホ一式を収納。
結局、am06:30に再出発。
猪苗代町、会津は最高の天気!しかし、予報では新潟は降水確率100%。
降水確率と降雨量は別だ!と走り続けると、新潟関越道から雨。
・・・・やっぱりなーとシールド拭き拭き走っていると、いつしか雨は上がり雪山が右側に・・・・
(あれ、海じゃない、雪山は左に見えるはずだけど・・・)
「分岐、見逃した!!!!」
はい、馴れた気をして関越と北陸道の分岐を見逃して東京に50キロ向かってましたよ・・・・・そりゃ天気も変わるさ。
気を取り直して北陸道に戻ると、やっぱり雨。富山、石川、福井も雨。若狭道も雨、ペースが上がりません。気持ちも折れ気味・・・
途中、天気予報を確認すると、徳島、香川、愛媛も雨・・・・こりゃ野宿嫌だな・・・今日は割り切ってビジホに泊まろうかなと、徳島のビジホを検索するも7000円台・・・高っ!
ダメもとで香川の高松のビジホを調べると4,000円代があるじゃないですか。そうだ、5年前に高松で居酒屋オープンした友人に会いに行こう!と、一気にモチベーションアップで19:30にホテル到着。駐車場も屋根付き。
着替えて、エアコン付けて濡れたものを干してから、バイクウエアのまま高松市の繁華街へ。だって、余計な服持ってきてませんから・・・
いやー、美味しかったですよ。お店もおしゃれ。日本酒も友人セレクトで満喫。シャイな私はお客さんが写ってしまうので店内写真も撮らず、酒と食べかけの料理のみ撮りました。というか、疲れて面倒だったのと、話がはずんじゃったせいですな。
翌朝、防寒・防水グローブは空気清浄機のおかげでカラッカラッ。

約1000キロちょっとの行程。
4月27日。
今回は三回目の四国。行ったことのない場所を重点にひた走る予定。
天気もばっちり、いざ佐田岬に向けてナビを設定し出発。讃岐うどん食べたかったなー。さらば香川よ。
あっけなく着いたなぁ、と思ったらナビの設定ミス。
行こうとしたのは、ここ。

行きついたのは、ここ!

近すぎんべよ!!!もっと早く気づけよ!!!
ミスの原因は、地図の縮尺も考えずに似たような地形から目的地を設定したため。イラッとしたんで讃岐うどんで気分転換。
大(三玉)、かき揚げ、とり天610円。安っ!道理で讃岐うどんの看板多いわけだよ。香川から出てもいなかった。あと120キロ先。
気を取り直して高速で移動。ところが、前日の疲れから肩が凝って、肩が凝って・・・よし、温泉だ。
調べると、佐田岬に入ってすぐ、四国最西端に温泉があることを発見。ここに入ってから先端を目指そう!
・・・・
・・・・
・・・・

拾い物
到着。定休日・・・・
・・・・
・・・・
心折れた・・・・肩痛い・・・・やーめた!佐田岬、やーめた!
温泉に入りたい一心から、以前泊まったことがある「成川渓谷休暇センター」のキャンプ場へ移動。ここは「高月温泉」が併設。約100キロだったかなぁ、移動して宿営。因みに誰も泊まってません。怖ぇー・・・・
ここはシーズンオフでも泊まれます。但し管理人不在。

キャンプ場は無料。温泉は360円で、タオル一枚でオッケー。
佐田岬は飲んで制覇!
ハマグリをバーナーで焼いて完食。
朝は徳島ラーメンともやし、コーヒー。
朝気が付きましたけど、
普通に使えました。

300キロくらいの行程かな。
4月28日
温泉に浸かったおかげで元気100倍。ゆっくりしすぎて08:00出発。
最初は四万十川「沈下橋」を目指します。あっという間に到着。



氾濫する河川で橋が流されないよう、欄干のないコンクリートの橋。この川沿いに5つほどあります。
欄干がないだけで一本橋が苦手な私は〇玉がキュッとなります。
この後は藁焼きカツオのたたきで有名な「多田水産」目指して四万十河口をひた走り、「道の駅ビオスおおがた」でお土産休憩。
ノーマル芋けんぴと塩けんぴを大人買い。
拾いもん


太平洋にいったん出て、
「道の駅 かわうその里すさき」到着。
ホントは土佐久礼の本店に行ったんだけど、郵送は道の駅店だけとのこと。昔は電話一本で季節の魚を郵送してくれたんだけど、先代が引退して今はやってくれないとのこと。残念。
写真は拾い物ですが、


自宅と滋賀の先輩に宅配手続き。
そして、大きく遅れた予定を修復するべく、一路山間を徳島に向かいます。
写真なし、3時間下道ひた走り、193号線途中で道の駅隣接の「もみじ川温泉」で休憩。15:30でお風呂は貸し切り。
拾い物


この193号線はスーパー林道の分岐が多く、結構途中でオフバイに会いましたね。
途中買い物をして、阿南市の道の駅 「公方の郷なかがわ」で宿営。ここなら徳島市のフェリー乗り場まで30分で行けます。
ちょいと自分にご褒美。ここの道の駅は泊まりやすいと思います。でも、車中泊の方が多いのと道路が近いのでちょっとうるさいかな。交差点向かい角にはコンビニもありました。自転車で四国一周するという大阪の方と少し話して就寝。

300キロくらいでしょう。
4月29日
翌朝、早起きの車中泊爺の大声で04:00起床。なんなんでしょう・・・少しのんびりして06:30出発。ちょいと混みましたが、07:10フェリー乗り場到着。08:00出向、いざ、和歌山へ。
ここでも失敗。2時間の船旅の間に紀伊半島から滋賀までの経路を練るつもりがバイクに地図を忘れた。運行中は駐車スペースに入れないんですよね。
仕方なく降りてから考えようと仮眠。10:00到着。紀伊半島沿岸部はそれなりに走ったので伊勢志摩だけ見ようかなとナビ設定すると、
到着予定時間17:10
だめじゃん。滋賀での待ち合わせに間に合わない。もっとも、本当は28日の夜は紀伊半島南端に宿泊する予定でしたから、無理は承知だったんですけどね。
さらに、伊賀・甲賀辺りを走ろうかと地図を見ると、途中途中が渋滞するような街並み。そんな時、本日合流予定の仲間からラインが入りまして、
彦根城を見よう!ということで、行先変更。フェリー代が無駄に終わる事態に・・・・・
しかも、合流したとたんに雷、集中豪雨。1時間半ほどショッピングモールで時間つぶし。その後は晴れ間が出てきたので、彦根城を散策。
そのあと琵琶湖外周路を走って先輩の自宅へ。送ったカツオのたたきを喜んでいただきました。
この夜は先輩の長男を引き連れてしゃぶしゃぶ食べ放題と部屋飲み。

290キロくらいの行程かな。
4月30日
自宅前で写真を撮りまくったのですが、これはちょっと割愛。でも一枚だけ。

先輩のニューバイクがありましたな。カワサキ・Z1000
とりあえず、京都の先輩と合流するため伏見稲荷に急行。
いやー、ここいいですわ。その内家族とこよう。
嵐山で合流。
なんとこの先輩、Z1000持ってるのに125の古いバイクで登場。高校時代に初めて買ったバイクをオークションで落としてレストアしたとのこと。このバイクで来たのは、
「わしのZはツーリングバイクじゃないんじゃ」
とのことでした。
京都の先輩を先頭にして走ります。
ライダーズカフェに寄ったり、
京丹後の施設によって散策したりして終了。
今回の合流目的は、出張仲間のバイク乗りが集まって一緒に走ろう、という5年前の計画を実行すること。残念ながら2名は予定が合わなく欠席でしたが、楽しかったですね。
最後は滋賀の先輩が先頭で峠をひた走り。渋滞のストレス発散と温泉。その後滋賀の先輩と分かれて移動。
本日の宿営は「道の駅 琵琶湖大橋米プラザ」。
実は翌朝の写真。
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この道の駅はさほど広くありませんが宿営しやすいです。雨が降っても屋根の下に移動できますし。芝には「バーベキュー禁止」とあります。トイレの個室が二つしかないのが難点ですね。車中泊や釣り人が多いので、トイレが混んだ印象です。
また、琵琶湖大橋の追い越し車線はメロディー舗装。夜中にたまに鳴りますが、気になるほどではありません。橋の照明が綺麗でしたね。
写真は撮ってませんが・・・・・何しろ酔っぱらってたもんですから。
地図はなし。あちこち走りましたから。250キロくらいの行程。
翌日5月1日。またもや滋賀の先輩が登場。この方、仁義厚きお方です。


この後、一路福島に向けてひた走りましたとさ。

最終日は800キロくらいの行程。
全行程約3000キロ。
に、無駄に走った120+100+25キロを合わせて、3245キロくらいですかな。
今回の反省
見出しの通り、反省点だらけ。
予定を立てなすぎ、一度行った所も行くべきだった気がします。足摺岬、桂浜、室戸岬のどれかは寄ればよかったかな・・・・
雨のせいもありましたが、風呂敷を広げ過ぎて、紀伊半島回れず・・・・
高速道路使い過ぎ・・・・
合流後の滋賀、京都観光ツーがなかったらゾッとする感じですな。
ということで、次回は下道長距離ツーにして、一気に高速道路で帰る計画にします。次は内陸だな。
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2017年05月11日
忙しくて・・・・
忙しくて記事をアップする暇がありません。
とりあえず、
四国征伐終了
近畿征伐終了
金田一征伐終了
ガレージに明り取り窓3つ追加
などです。
今月末は急きょ長崎への出張も決定・・・
落ち着いたらアップしようと思います。
とりあえず、何枚か写真だけ。









以上。
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などです。
今月末は急きょ長崎への出張も決定・・・
落ち着いたらアップしようと思います。
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